幅広い異種データを分析できる「FOODATA」、アイデア出しまでカバーすることが次のテーマに
生成 AI を社内で活用し業務効率化することで生産性向上や人手不足の解消につなげたい。このような目的のために、Azure OpenAI Service を導入する企業が急速な勢いで増えています。その一方で、生成 AI が生み出す価値を自社の顧客にも提供し、ビジネス上の新たな価値につなげていこうという取り組みも進みつつあります。その中でもぜひ注目したい事例が、伊藤忠商事株式会社 (以下、伊藤忠商事) による「FOODATA」での生成 AI 活用です。
「伊藤忠商事の食料カンパニーは、約 1 万社のメーカー様、約 3,000 社の小売/外食企業様とのお取引がありますが、トレードや物流だけではなく情報提供でもお取引先様のビジネスを支援したいと考え、2021 年 7 月から FOODATA を提供しています」と語るのは、伊藤忠商事 食料カンパニー 食品流通部門 リテール開発部 リテール開発第二課でプロダクトマネージャーを務める塚田 健人 氏。その具体的なサービス内容は、商品企画や開発業務でのデータ活用のために、消費者の購買データや消費者調査データ、SNS の口コミ、味覚に関する定量データなどを集約し、多角的に分析できるダッシュボードを提供することだと説明します。
「ここに集約しているデータは伊藤忠独自のもののほか、パートナー企業からご提供いただいているものもあります。幅広い異種データを掛け合わせて活用かつ分析できることが、FOODATA の大きな特徴になっています」。
FOODATA は実に画期的なデータ分析基盤だと言えますが、提供開始から時間を経ることで、大きく 2 つの課題が顕在化していったと塚田 氏は語ります。1 つは、より高速なデータ処理や高い操作性が要求されるようになっていたこと。もう 1 つは、データ分析の業務効率化に加えて、より高付加価値なアウトプットも求められていたことです。
「商品企画業務のうち、半分はデータ収集および分析であり、この部分は FOODATA の得意領域で、お客様からも高い評価を得ており、より高みを目指したいと思っていました。また、残る半分を占めるアイデア出しは、まだまだ機能強化の余地がある一方で、より人の「勘と経験」の影響が強い領域であるため、新機能の開発も一筋縄ではいきません。この課題をどうクリアするかが、次の大きなテーマになっていたのです」。
そのためのアプローチとして検討されていたのが、生成 AI の活用です。FOODATA プロジェクトに IT 部門から参画する、伊藤忠商事 IT・デジタル戦略部 DXプロジェクト推進室の林 誠人 氏は、「塚田からは以前から、FOODATA への生成 AI 適用の可能性について尋ねられていました」と振り返ります。
そしてその実現の後押しをしたのが、2023 年 5 月に立ち上がり、カンパニー横断型で生成 AI 活用の可能性を探っていたタスクフォースだったのです。
「FOODATA」での生成 AI 活用をタスクフォースで後押し、商品企画書の自動生成を目指す
本タスクフォースについて、「伊藤忠商事は 2023 年5 月に全社向けにセキュアな環境で生成 AI を使用することを目的とした生成 AI ラボを設立しました。並行して、若手社員を対象に生成 AI の活用アイデアを募ることを目的にこのタスクフォースが立ち上がりました」と説明するのは、タスクフォースのリーダーを務める、伊藤忠商事 情報・金融カンパニー 情報・通信部門 フロンティアビジネス部 フロンティアビジネス第一課の辻井 佑昌 氏です。生成 AI ラボで既に Azure OpenAI Service の採用が決定していたため、AI インテグレーションができる技術パートナーとして日本マイクロソフトから紹介された株式会社ヘッドウォータースを 2023 年 6 月に選定。まずは生成 AI 活用に関するスタディを開始したと振り返ります。
生成 AI のエンジンに Azure OpenAI Service を採用した理由については、以下のように説明します。
「2022 年 11 月に ChatGPT がリリースされた時に、従来とは異なりさまざまな用途が想定できる AI が登場したという強い衝撃を受けました。Microsoft は OpenAI 社と早い段階から資本提携を含めた協業を行い、よりセキュアな環境で多用な機能を有する Azure OpenAI Service の提供を開始しました。生成 AI は導入して終わりではなく、活用しながら磨きをかけていくべきサービスであり、Azure ならこのような活用を支えうるクラウド基盤になるとも評価。また先程触れた生成 AI ラボで Azure OpenAI Service を採用していたこともあり、タスクフォースでもその採用を決定しました」。
約 2 か月間のスタディを終えた後、生成 AI の適用業務に関するアイデア出しに着手。そこで林 氏から提案されたのが、FOODATA での生成 AI 活用でした。タスクフォースは最初に実施する PoC のテーマを 2 つ選定、その中に FOODATA での生成 AI 活用も含まれることになったのです。
2023 年 11 月には PoC に向けた本格検討を進め、2024 年 1 月からは PoC が開始。本 PoC で目指しているサービスの未来像について、塚田 氏は次のように語ります。
「最終的に実現したいのは、FOODATA のダッシュボードをなくすことです。BI を経由して各種データやグラフを提供するのではなく、生成 AI と対話することですぐに結論が得られるサービスにしたいのです。分析そのものを不要にすることでさらなる効率化を図ると共に、アイデア出しという新たな価値を提供しようと考えています」。
そのためにまず行われたのが、商品企画と開発プロセスに沿った、網羅的な分析機能を搭載することでした。現在の PoC では、その機能を Azure OpenAI Service と Azure AI Studio の組み合わせで実装する、という取り組みが進められています。その一環として、データ分析に必要な SQL を生成 AI に組み立てさせる、といったことも検証しています。
これを土台にした第 2 ステップの目標として掲げられているのが、食品メーカーの商品企画書を自動的に生成することです。担当者が自身の仮説や条件を FOODATA に入力すると、データ分析を行ったうえで、ターゲットや利用シーン、ベネフィットといった商品コンセプトや、味わい、製法、原材料、価格、販売チャネル等 20 項目以上の商品特徴を盛り込んだ企画書案を、生成 AI が自動的に複数提案し、担当者はその目利きをするだけ、という世界の実現が目指されているのです。
今後は全社共通の生成 AI 活用基盤を整備、その土台となるデータ前処理には Microsoft Fabric を検討
「学習フェーズから実際の開発に至るまで、すべてヘッドウォータースのサポートの下で進められています」と林 氏。このような優れたパートナーがいることも、Microsoft AI エコシステムの魅力の 1 つだと指摘します。Azure OpenAI Service は「上述のようなパートナーが多い点に加えMicrosoft 社の資本を活かした機能改善がスピーディに進むことも期待しています」。
2023 年 3 月には PoC フェーズを終了し、その翌月からは実用化に向けたテストマーケティングに入っていく予定。またタスクフォースで採用されたもう 1 つの適用業務として、人事総務部の「IR情報英訳」のプロジェクトも進んでいます。しかし「この 2 つのプロジェクトは、タスクフォースにおける生成 AI 活用推進の第一歩に過ぎません」と辻井 氏。次のフェーズではプロジェクトごとの環境ではなく、全社横断型のインフラを検討する計画だと言います。
この共通インフラの構成は図に示すとおりです。伊藤忠全体の AI 基盤として Azure AI Studio を採用するほか、データの蓄積や AI での活用に適した形にするクレンジングなどを Microsoft Fabric で実現。さらにデータと生成 AI の活用を、Microsoft Fabric に含まれる「ノートブック」で行えるようにする計画です。
「生成 AI による回答の質を高めるには、RAG を使って、関連する知識ソースを利用する (モデルの再トレーニングを行うことなく特定分野のナレッジを拡張する) 必要があります。この知識ソースの検索をより正確かつ適切に行うには、ソースデータの前処理や後処理が重要となります」と語るのは、タスクフォースに参画しているヘッドウォータース 取締役の西間木 将矢 氏。Microsoft Fabric は、この前処理や後処理を行うための RAG を含むデータ基盤としてデファクト スタンダードになり得るものだと言います。
「最終的には、非エンジニアでも簡単にソースデータの前処理や後処理から生成 AI 活用までを行えるようにしたいと考えています。Microsoft Fabric の Copilot のプレビュー版も登場しましたので、これを活用すればさらに使いやすさが向上するはずです」 (西間木 氏)。
実際に、生成 AI を使いたいという社内の声は、既に数多く届いていると辻井 氏。具体的な適用業務のアイデアも、全社で 70 件以上に上っていると言います。
「生成 AI 活用のアイデアの中には、会社全体で共通に適用できるものもあれば、商社特有のニッチなユースケースもあります。今後 1 ~ 2 年は、領域特化型の生成 AI 活用が急速に進むことになるでしょう。Microsoft Fabric には多様なデータソースから仮想的にデータを取り込むという画期的な機能があり、多様な生成 AI 活用を支える重要な基盤になるはずです。この基盤をベースに長期的なスパンで、生成 AI などの先端技術の活用を推進していきたいと考えています」 (辻井 氏)。
“生成 AI で実現したいのは、FOODATA からダッシュボードをなくし、対話によってすぐに結論が得られるサービスです。データ分析を行ったうえで、食品メーカーの商品企画書案を自動的に複数生成することを目指しています”
塚田 健人 氏, 食料カンパニー食品流通部門 リテール開発部 リテール開発第二課 プロダクトマネージャー, 伊藤忠商事株式会社
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