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2024/07/05

AI の本質を見極め、顧客と共に未来を目指す。Azure OpenAI Service を活用した独自アーキテクチャ構築に取り組む、三菱重工業のデジタル イノベーション

三菱重工業株式会社は 1884 年の創業以来、「エンジニアリングとものづくりを通して人々の暮らしを支える総合インフラ企業」として、エネルギー、エンジニアリング、防衛・宇宙、機械システムなどのさまざまな分野で、さまざまな製品やサービスを提供しています。なかでもエナジードメインと呼ばれる分野においては、同社のガスタービンやボイラーなどの発電機器や運用・保守ソリューションが、私たちの生活に欠かせない大規模発電設備を支えています。

同社は 2040 年のカーボンニュートラルを宣言。その目標を達成するために、「MISSION NET ZERO」という行動理念を掲げ、既存のインフラの脱炭素化、水素エコシステムの構築、CO2エコシステムの実現といった「エナジートランジション」に取り組んでおり、さらに、知能化された物流システムやデータセンターの脱炭素化・省エネ、自動化モビリティを支えるインフラを通じた「社会インフラのスマート化」も進めています。

Mitsubishi Shipbuilding

発電プラントのデジタルイノベーションを加速する「TOMONI

複雑機械の開発から運用・保守に至るまで多様なビジネスドメインを持つ同社では、そこに蓄えられた膨大なデータやノウハウを外部の技術や知見と掛け合わせ、新たな価値創出の可能性を高めるための DI(デジタル イノベーション)ブランドとして、「ΣSynX(シグマシンクス)」を 2021 年に創設しました。ΣSynX について、三菱重工業株式会社 エナジードメイン 技術戦略室 デジタル戦略 主幹技師の石垣 博康 氏はこう説明します。

「ΣSynX は“かしこく・つなぐ”をコンセプトにしており、その名を冠した自律化・知能化ソリューションの推進と、社内に偏在するデジタル資産の集約及び各事業部への共有、また私たちのようなデジタルに関わる部門と各事業部の協働を促し、そこから生まれる新たな価値をお客さまに提供することを目的としています」(石垣氏)。

この ΣSynX を具現化したソリューションとして、「物流の知能化・自動化プロジェクト」や「遠隔状態監視サービス」などと並んで挙げられるのが、発電プラントの設計、運用・保守、および脱炭素化を加速するインテリジェント ソリューション「TOMONI(トモニ)」です。

単なる製品ではなく、顧客の成長スパイラル形成を支援するソリューション

TOMONI の語源は「お客さまと共に」。顧客と協働して課題を解決する同社の姿勢を表す言葉でもあります。石垣氏によると、TOMONI は 3 つの機能を有しているとのこと。1 つ目は遠隔監視による顧客との Connected(繋がり)の強化。顧客のデータを共有し、日々の運用や運転を支援します。2 つ目は機能の向上。燃費効率、フレキシビリティなどの制御に関わる部分を高度化、可視化して支援します。そして 3 つ目の機能がスマート保全です。過去の点検データやドキュメントなど、必要なデータをきちんと整理して見える化、共有化することで、管理・運用業務の高度化、効率化を図ります。

「TOMONI は、製品として導入していただくだけではなく、お客さまのデジタル化に資する媒介物だと考えています。設備や機器のリプレイス頻度が少ないエネルギー産業は、どうしても効率化やデジタル化が遅れてしまいがちです。私たちは、TOMONI を起点としてお客さまが業務のデジタル化を推進し、よりよい成長スパイラルを形成するきっかけとなるソリューションを目指しているのです」(石垣氏)。

2017 年にリリースされた TOMONI は、バージョンアップを繰り返しながら国内外 90 の発電プラントで導入されています。そして 2023 年春にはその機能を AI の力でさらに補完するプロジェクトが立ち上がり、現在、社内での試行と検証が続けられています。

生成 AI の社内活用を推進する「TOMONI TALK with ChatGPT」

「きっかけは ChatGPT の登場でした」と語るのは、このプロジェクトを主導した、三菱重工業株式会社デジタルイノベーション本部 DPI 部 モジュラーデザイングループ グループ長の後藤 大輔 氏。2022 年のリリース以来、世界中で話題となっている生成 AI ですが、当然ながら同社でも、活用に向けた検討が行われていました。
同社では、顧客のデータは生成 AI のトレーニングに使用されないことを謳った Microsoft の Azure OpenAI Service をいち早く導入していたため、生成 AI の入力情報が社外へ流出する心配はありませんでした。しかし、同社グループのサービスのなかには機密情報も取り扱うものも多いことから、まずは慎重に、ガイドラインの制定作業が進められたそうです。

ガイドライン制定の膨大な作業を隣の部署から見ていた後藤氏は、「ガイドラインに抵触しない範囲で、生成 AI の導入を進めよう。生成 AI の要約や翻訳の機能は、すぐにでも社内業務に活用できるはず」と、ローコード アプリを使って ChatGPT の機能を活用したチャット アプリケーションを試作し、部内での試行を経て、2023 年 7 月に社内向け ChatGPT アプリケーションを自社の TOMONI に搭載しました。名付けて「TOMONI TALK with ChatGPT」です。

当初は、テキスト入力ベースのチャット アプリケーションであり,情報の要約、翻訳、文書案の生成、プログラムコードの生成などができるというもので、機能としては一般の ChatGPT と大差はありませんでした。しかし、リリースするやいなや、一気に社内ユーザーが広がったそうです。
「これまでのアプリとは次元が違う。やはり生成 AI のニーズはある」と確信した後藤氏は、さらに研究部門が主催する社内ハッカソンに参加。すると、部門を超えて 20 ものチームが参加し、トラブルシューティングやメールの整理、会議室予約機能など、生成 AI の活用アイデアが次々と寄せられました。こうして社内の熱量を肌で感じた後藤氏は、さらなるアップデートに取り組みます。

「自分たちのリソースにも限界があるので、メールや会議内容の要約など Copilot for Microsoft 365 で解決できそうな機能はそちらに任せることにしました。それよりも、自分たちが持っているデータを社内の誰もが活用できて、そこから示唆を得られる機能にフォーカスする方が有意義だろうと考えました」(後藤氏)。

こうして自社特化型の生成 AI の活用法を模索し始めましたが、データの検索や回答の精度を上げるにはどうすればいいのか、そこで大きな壁に突き当たったと言います。

「Microsoft の API である Azure OpenAI Service on your data も評価してみたのですが、どうも自分たちの望む結果が出ない。似た機能を実装している他社事例なども参照しても、できる方法はありそうだけれど、細かいところまではわからない。そこでサポートしてくれるパートナー企業を紹介していただけないか、日本マイクロソフトさんに相談することにしました」(後藤氏)。

その相談を受けて日本マイクロソフトからは、TOMONI で既に文書検索サービスとして活用されていた Azure AI Services や Azure の PaaS を活用したシステム構築に関して国内随一の実績があり、伴走スタイルのサポート体制にも定評があった株式会社ゼンアーキテクツが、パートナーとして紹介されました。

TOMONI TALK with ChatGPT を実現するための手法「RAG」とは

「日本マイクロソフトさんから打診があった段階で、RAG(Retrieval Augmented Generation)が有効なのではないかと考えました」と語るのは、株式会社ゼンアーキテクツ 代表取締役の三宅 和之 氏。

Azure OpenAI Service は先ず学習済みのデータの中から質問に対する回答を作ります。一般的な質問内容であれば、Azure OpenAI Service が学習したデータの中から回答ができるかもしれません。ただし専門的な内容となると、学習済みデータから回答を見つけることができず、不適切な回答を返してしまうことがあります。これが ”LLM(大規模言語モデル)が「嘘をつく(ハルシネーション)」”と言われる状況です。
もっともらしく「嘘をつく」システムは使い物になりません。かといって LLM に対して、専門知識を大量に再学習させるファイン チューニングはコスト効率が悪く、また「嘘をつく」ことの制限には限界があります。

「その解決のためには、極端な話、Azure OpenAI Service の持つデータを一切使わずに、問い合わせごとに意味を解釈し、その解釈に沿って社内保有データを検索し、得られた検索結果をもとに、Azure OpenAI Service に回答文章を作らせればいい。その考え方に基づいて用いられているのが、RAG と呼ばれる手法です」と三宅氏。最も重要なのは、社内保有データの整備であり、そして次に検索エンジンである Azure AI Search の精度だと力を込めて語ります。

「Azure OpenAI Service はあくまでひとつのパーツです。その機能にフォーカスし過ぎてしまうと、本質を見誤ります。重視すべきはデータです。三菱重工業の皆さまは、もともと、「賢くつなごう」というお考えのもとでデータ整備を進めていらっしゃったので、RAG との相性もよかったです」(三宅氏)。

日本随一のエキスパートが集い、実装を進めるスピード感に驚嘆

ゼンアーキテクツは日本マイクロソフトの Azure OpenAI Service リファレンス アーキテクチャ賛同プログラムで Advanced Partner に認定されており、すでに Azure OpenAI Service を活用した RAG のパターンをリリースしています。

ですが、「TOMONI の将来的なビジョンも含めて考えると、既存のパターンを使うのではなく、フルカスタマイズの RAG を構築する方がよりマッチすると考えました」と語るのは、2017 年から Microsoft MVP for AI として認定されている、株式会社ゼンアーキテクツ Azure Expert の横浜 篤 氏。

そこでゼンアーキテクツは、横浜氏をはじめとする Azure や AI のエキスパートによるサポートプログラム「Azure Light-up」を提案しました。その内容は、2 日間にわたって RAG への理解を深め、最終的には TOMONI の将来像にマッチするプロトタイプシステムの試作を目的としたものでした。

このプログラムに参加した三菱重工業株式会社 エナジードメイン GTCC 事業部 高砂サービス技術部 ICT 推進グループ 主任の長田 克幸 氏は、実際に手を動かしながら実装を進めていく、そのスピード感に驚愕したそうです。

「RAG について“こうすればできるのかな?”と、ぼんやりと思っていた内容が、目の前でどんどん形になっていくのです。初日にホワイトボードに描かれた設計図が 2 日目には実装されていく様子を見て、当社のエンジニアにとっても大いに刺激になったようです」(長田氏)。

「三菱重工業様は、当初から Azure OpenAI Services on your data も試されていましたし、Azure OpenAI Service はあくまでひとつの部品であり、LLM のファイン チューニングではなくデータベースの整備こそが重要だという考え方をすでにお持ちだったことが、よい効果を生んだのだと思います」(三宅氏)。

「まるで魔術のよう」。スペシャリストの技術が生み出す波及効果

こうしてリリースされた TOMONI TALK with ChatGPT の改良版は、社内で大きな反響を呼びました。現在、1 日あたり 200 〜 300 のアクティブ ユーザーがおり、他の社内業務アプリと比べても常に高い利用率を示しています。

「さらに実務以外での大きな効果として、さまざまな部署のユーザーから、TOMONI TALK with ChatGPT の利用方法や生成 AI を活用した自部門の業務改善について意見が寄せられており、海外向け書類の文章翻訳校正など、これからさらに活用の幅が広がることを確信しています」と笑顔で語る後藤氏。「社内で AI に対する意識が高まり、アイデアが集まってくるようになれば、私たちの取り組みも幅が広がります。こうした相乗効果には大いに期待しているところです」(後藤氏)。

「開発チームも手応えを感じています」と話を継ぐ長田氏。同社の開発チームは、今回のプロジェクトでクラウドの真の活用方法を発見できたと感じているといいます。

「ずいぶん前からクラウドを使うようにはなっていましたが、これまでは、システムの置き場所がクラウドに変わっただけという状況でした。それが今回の、Azure OpenAI Service という PaaS や、その他の SaaS を組み合わせながらシステムを構築した経験によって、別の案件についても柔軟にツールを使い分けながら迅速に対応する自信がついたと感じています」(長田氏)。

ゼンアーキテクツの三宅氏は「それこそ、私たちが伝えたかったことなのです」と大きく頷きます。

「私たちは、クラウドに本気で取り組むのであればマネージドな PaaS や SaaS を使うべき、と 10 年以上前から訴え続けてきました。今回のプロジェクトがきっかけで開発者の皆さんにそれを理解していただけたのは、本当に嬉しいことですし、私たちにとっても自信になります」(三宅氏)。

続いて「私も、感銘を受けたひとりです」と語る石垣氏。「ゼンアーキテクツさんのセッションを見ていると、まるで魔術のようにアーキテクチャができあがっていく。本質を理解しているパートナーとの協業はこんなにも有益なのかと強く感じました。職場の他のメンバーにも、クラウドを勉強して Azure の資格を取るように普及活動をしているところです」(石垣氏)。

顧客の DX を強力に推進する「TOMONI Copilot」を目指して

今後の TOMONI TALK with ChatGPT 開発プロジェクトは、社内およびグループ会社全体に広げる作業と、TOMONI ユーザー企業へのサービス化に注力していくことになります。

「今回私たちが気づいたように、ユーザー企業の皆様にも保全データの重要性に気づいていただくトリガーとして、TOMONI TALK with ChatGPT を利用いただきたいです。そして、TOMONI に蓄積された各種データを活用した “TOMONI Copilot” の開発を進めていきたいと思っています」(石垣氏)。

生成 AI の本質を見抜き、よきパートナーを得て未来へつながるアプリ開発を成功させた三菱重工業。プロジェクトの中心を担った後藤氏は「今回のコラボレーションで私たちも意識が大きく変わりました。これからさらにクラウド ネイティブ技術に取り組んでいきたいので、引き続きサポートをお願いしたい」と日本マイクロソフトへの期待を語ります。

そして長田氏からは、「発電プラントの寿命は長いので、私たちはこの TOMONI を何十年間も提供し続けていく必要があります。持続的に優れた製品をお客さまに届けるためにも、ぜひ末長くお付き合いいただきたいと思っています」とリクエストが寄せられました。

今回の取材では、お話を聞いた皆様が、自社だけではなく顧客やパートナーの DX を共に成し遂げることを目的とする姿が、とても印象的でした。その姿勢は、私たち日本マイクロソフトとしても大いに共感するところです。未来に向けて共に歩むパートナーとして、これからもよりよいサービス提供に務めてまいります。

“今回私たちが気づいたように、ユーザー企業の皆様にも保全データの重要性に気づいていただくトリガーとして、TOMONI TALK with ChatGPT を利用いただきたいです。そして、TOMONI に蓄積された各種データを活用した “TOMONI Copilot” の開発を進めていきたいと思っています”

石垣 博康 氏, エナジードメイン 技術戦略室 デジタル戦略 主幹技師, 三菱重工業株式会社

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